雨が、降っている。

重苦しい夜。

雨の隙間から、洋館が覗いて見えた。

その洋館の一室。カーテンさえも閉めたその部屋で1組の男女が向き合っていた。

「『ブレードチルドレン』……あの子の呪いを目覚めさせるというのね」

暗闇の中でも美しい白髪が輝く老女。

眼鏡をかけた奥の瞳は見えないが、彼女は知る人ぞ知る白長谷雷子だった。

「……五千万。五千万で手をうとう」

そして向かうあう眼鏡をかけた男。

翻訳家、足立高造はにやりと笑った。

 

 

 

スパイラル〜推理の絆 if

     第四話  ウォード錠の密室 前編

 

 

 

既に八時を回っている。

鳴海まどたかは自室で手帳とにらめっこをしていた。

 

あの人が残したのは「ブレードチルドレン」と「ソノベタカコ」の名前だけ。

 

「新たな手がかりは死の聖樹館……か」

ぱたむ。

手帳を閉じた拍子に、まどたかは思わずバランスを崩し、

「なひゃ……」

後ろへとぶっ倒れた。

「いって……ぇ」

と同時に扉が開く。顔を出したのは

「……何、やってんの?」

歩。すかさずまどたかは立ちあがると

「ノックぐらいしろっ!!」

手近なモノを投げつけ始めた。それを軽やかに避けつつ

「じゃあ、ドアくらい締めておきなさいよね」

歩は部屋を出た。

 

 

 

翌朝。

昨日は雨に濡れていた洋館も晴れ渡った太陽に照らされている。

「やっぱりロックされてる」

がちゃ、がちゃ、と図書室のノブを回しながら音大生の白長谷圭は首をひねった。

つんつんと跳ねた髪が少年らしく見える。

が、彼はれっきとした大学生であった。

「どうしたんだろ……」

うーん、と悩んだ挙句圭は振り返り

「小夜、これ、もってて」

後ろに立っていた白長谷小夜に、持っていた本を渡した。

圭よりもさらに幼く見える小夜少年。

「何するんですか?圭さん」

「このシャーペンを」

ふふんっと機嫌良さそうに圭はシャーペンを鍵穴に突き刺すと

「こーするんだよ」

思いきり、捻った。

向こう側で、ごとりと鍵がおちる音がする。

見渡せるようになった鍵穴の向こうをを、異常がないかと覗き込む圭。

その向こうで。

 

誰かが倒れていた。

 

「!」

「どうしたんですか……?」

「誰か……誰か倒れてる!!」

圭の悲鳴が、朝の屋敷を震わせた。

 

 

 

「密室殺人……?」

「第一報でそう言ってたんですよ」

疑問を浮かべるまどたかに和田谷すえ巡査が報告を続ける。

「えと、館の主人は白長谷雷子、71才。化学薬品会社、バレイの元会長です。あと孫の小夜、音大生で甥の圭、使用人の初山レイ」

応接間の扉を開き、まどたかを通す。

「館の住人はこの四人です」

テーブルの上には、被害者の運転免許証。

「被害者は足立高造……47才。翻訳家か……」

写真を見るとテーブルに免許証を置く。

「所持品に変わったモノはなし、と。部屋にあった鞄の中はどうだった?」

「仕事の原稿に辞書。あと折り畳み傘。手がかりになりそうなものは何も……」

和田谷の報告にまどたかは肩を竦めて

「ふうん」

と頷くだけだった。

 

事情聴取は、甥の白長谷小夜から始められた。

「どうして早朝、図書室に行ったんです?」

まどたかの問いに

「毎朝……食堂に下りる前に図書室に行って本を借りに行くんです。でも今日に限って錠がしっかりかかってて……その上、内側から鍵が差し込んであったんです」

と小夜は答えた。

「あなたは?」

横に座る圭はぴ、と人差指を立て

「朝起きたら、ピアノの錬金術師、グレン・グールドの著作集がふと読みたくなりまして。そしたら小夜がドアの前でまごついていて、俺が中の様子だけ見ようと鍵を突き落としたんです。で……」

圭の視線が、控えていた初山レイに移る。

「で、死体を発見して二人でレイさんを呼びにいきました。あの人が館の鍵を管理してますから」

視線を受けて、初山レイは口を開いた。

「お二人が来られたのはちょうど、食堂で朝食の準備をしていたとき。6時過ぎになります」

涼しげな視線でレイは淡々と語る。

「話を聞きまして図書室にまいり、ドアを開けました。圭様が真っ先に駆け寄られ、息のないことをお確かめに。……その後も、的確な指示で場を仕切られました」

「鍵の管理はどうなっていたんです?」

「普通図書室に錠はかけませんが、窓・ドアとも同じ鍵でロックしますので」

レイは指をそっと折ると

「図書室に1本。そして私が管理します1本……全部で2本、それ以上はございません」

そうして、レイは懐から鍵を取り出すと

「私の方は肌身離さず、もっております」

と言い放った。

 

 

 

「ウォ―ド錠か……かえってやっかいね」

「ふぇ……なんです?それ」

まどたかの手にした鍵を覗き込む和田谷。

「特定の鍵を選別する障害をウォ―ドと言うんだ」

まどたかは和田谷を見やると口を開いた。

「鍵穴が特殊な形をしていたら差し込める鍵だけでも限られるだろう?それにこの鍵先」

鍵先を、ちらりと和田谷にちらつかせるまどたか。

「錠の中にはこの形状だけ通過出来る精巧な障害が設けられていてデッドボルトの動きを支配してるんだ。十八世紀まで主流だった錠だけど、今じゃ滅多に見られないな」

流暢に語るまどたかにぽかんとする和田谷。

構わず、まどたかは続ける。

「これだけ複雑な鍵先だと作るのが極度の職人芸になって合鍵はまず無理……大体内側から鍵がささってたんだじゃ合鍵があっても使えない」

「でも……中からはこのレバーを動かすだけでロックできますよ?」

レバーに触れ、和田谷は首を捻るが

「そっか!糸でも使って外からレバーを動かせば……」

「構造上鍵が刺さっているとレバーはどちらにも動かない」

和田谷の論を打ち砕き、まどたかは冷静に続ける。

「第一、ドアのどこにも糸のはいでる隙間はないぞ」

「うむぅ……強力な磁力を使ってレバーを……?」

「錠も鍵も材質がどう合金製。役に立たない」

扉を軽く叩き、まどたかは溜め息をついた。

「この状態である限り、外から錠は操作できなんだ」

室内に入ると和田屋はすぐさま窓を見据え

「じゃあ、窓ですか?」

と訊ねてみた。

「……でも、鍵でロックする窓なんて珍しいですね」

「防犯上の工夫だよ。普通の窓錠みたいに少しガラスを割って手をつっこんで開けるって方法が使えない。外側に鍵穴はないけど、条件はレバーと同じだよ」

「うーん……肝心の鍵はドアにささってるし隙間もないし……こっちもだめか……」

「警部補」

そのとき、検察医が部屋に入って来た。

「死亡推定時刻は午前2時から3時。死因は見た通り椅子による脳挫傷です」

「アリバイは誰にもなし、か。……過失死の可能性は?」

「全否定はしませんけど……だったら。あんなの書かないでしょうね」

と、床に残っているマークに視線をやった。

足立高造が描いたもの。

「ダイイングメッセージ。死者の伝言……密室殺人か……」

やっないことをと、まどたかは肩を竦めた。

 

 

 

「被害者の足立さんはこちらに、仕事に使う資料の閲覧に来られていたそうですね」

「ええ」

館の主、雷子の自室。

相変わらず眼鏡の奥が見えない老女は椅子に座り、まどたかと和田谷を見据えている。

「貴重な選書でお貸しできなかったもので、必要なときは訪ねてきていただきました。昨日もそうで、そのうち雨が激しく降りだしたので泊まってもらったのですよ」

「死体が発見されたとき、どちらにおられました?」

「寝室ですよ」

雷子はいたって平静に話している。

まるで殺人が起こったことを何も思っていないかのように。

「警察への連絡やらが終わった後起こされて、事件のことを知らされました」

「……大変申し上げにくいのですが」

まどたかは一呼吸おくことなく続けた。

「館の管理状態からして犯人は外部の者とは考えられません。つまり犯人はこの館の住人……たった4人にしぼられるんです」

「……」

「被害者は深夜、図書室で読書していたところ犯人の来訪を受け、何らかの理由から争いになり、弾みで椅子に頭を強打したと思われます」

雷子は黙ってまどたかの報告を聞いている。

「――ところで。被害者は死に際、絨毯に方形の渦巻きを書いているんです。犯人の手がかりを残そうとしたんでしょう。ダイイングメッセージと呼ばれるものです」

そして、まどたかは本を雷子の前に差し出す。

「これは被害者が最後に呼んでいたと思われる本ですが……同じ紋様があるんです。紋様の名は『雷文』」

ふ、とまどたかは雷子に視線をやった。

「どう思われます?白長谷「雷」子さん?」

「……」

答えない雷子。

表情さえ微動だにしない。

 

 

―――そのときだった。

 

 

「直前に呼んでた本と同じ文様」

「……え?」

聞こえた声に、まどたかは驚いて声のした方を向く。

「偶然じゃないでしょ」

そこに立っていたの鳴海歩。

そして

「ですよね」

歩に相槌を打つひよのの姿だった。

 


 

誤字報告リク、パラレル螺旋『ウォード錠の密室』を

お送りしました。さて今回も無茶な変換をした人が一人。

もちろんのこと雷造さんなのですが(汗)

老女で雷子という名前はなさそでありそで…(え)

楽しんでいただけたら幸いです!

コウリさま、リク&誤字報告まことにありがとうございました!!

後編に続きますv

 

 

 

 

 

 


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