それは昔々の中国のお話。
あるところにどんな矛をも通さない盾と、
どんな盾をも貫く矛を売っている商人がいましたとさ…。
君は無敵の矛と盾。
ざわざわと下校途中の生徒たちがざわめいている。
放課後の予定をどうしたものかと口々に言い合っているのを横目で見ながら歩は帰途についていた。
ふと教室でクラスメイトに囲まれていたときに感じた、じんとした感動を思い出す。
けれど、それは彼の足を引き止める材料になりはしなかった。
ざくざくと砂音を立てて行く歩のその後ろを
「待ってください、鳴海さーん!」
ひよのが慌てて走ってくる。
歩はぴたりと足を止め、彼女が追いつくのを待つとまた大股で歩き始めた。
「本当にいいんですか、鳴海さん。本当はもう少し、皆さんと話したかったんじゃないですか?」
歩の横に並ぶと開口一番、ひよのは言う。
教室でのクラスメイトと歩、火澄とのやりとり。
『俺の望みはあの場所では手に入らない』
そう呟く歩の言葉をひよのは少し、寂しく思っていた。
しかし歩はしれっとした顔で
「いいや。別に」
と明後日を向く。その言葉尻には真実しかない。
これ以上話しても仕方がない。
ひよのは嘆息一つ、この話題を止めにすることにした。
――その代わりに、と。
少し意地悪な表情を浮かべ、ひよのは歩の前に一歩進み出て歩の進路を塞ぐ。
「どうしたんだ?」
「でも鳴海さん、さっきは嬉しかったですよ」
「何が」
唐突に言われてきょとんとする歩。ひよのは人差指をぴしりと立てて言った。
「世界中が敵でも私がいれば最強だって。私を、選んでくれるって」
「――」
満面の笑みを浮かべるひよのに、歩は頬を掻く。
言い訳を探すかのようにそっぽを向きつつ――口を開いた。
「あんたさ、『矛盾』の語源、知ってるか?」
「むじゅん、ですか。あの盾と矛のお話ですね」
何を突然?と首を傾げながらも、ひよのは答えた。
「どんな矛をも通さない盾と、どんな盾をも貫く矛を売っている商人がいて、で、おかしいじゃないかって、つっこまれるお話ですよね」
「そう。どちらも同じ次元に存在出来ない。だから矛盾」
「で、それがなんの……」
「もし同じ次元に二つが存在していたらどうする?」
冗談めかして笑う歩にひよのはむむ、と考え込む。
「え、えと……えとですね」
しばらく唸って考えこんでいたが、やがて降参とばかりに首を捻った。
「分からないです……」
「――それこそ、最強。向かうところ敵無しってことになる」
「え……」
「どんな矛をも防ぐ盾を装備して、どんな盾をも貫く矛で攻撃すれば相手はひとたまりもない」
「ま、まあ確かにそうですけど……でも、それっておかしくないですか?」
理論としては頭からおかしな話であり得ざる前提である。
どちらも成り立つことがないからこそ『矛盾』であって。
成り立ってしまうなら一体この現象を何と呼べばいいのか。
だが、歩はそれを分かっていて話しているらしく、ひよのは反論せずにただ頷いた。
「で、あの、それが――」
「俺が盾ならあんたはその矛、俺がその矛ならあんたは盾」
瞬間。
歩の真っ直ぐな視線が、ひよのを貫いた。
「そうなればいいだろ?」
どきり、と高鳴る心臓。
柔らかく微笑んだ聡明なその双眸にひよのは一瞬、言葉を忘れる。
冷たい風がわずかに吹いて、素足をひんやりと撫でつける。
しかし、それすらも忘れさせるほどに強く。
歩の目線はひよのを見つめた。
「その理論だとあんたが最強なら俺だって当分は向かうところ敵なしって、言いたかったんだよ」
「な、なるみ、さ……」
「だから俺にはあんたが必要で、だからあんたを選ぶって言った」
歩の手が、ぽむ、とひよのの頭を叩いた。
そして優しく撫ぜる。
「今の俺には、あんたが必要だから」
あまりにも率直な言葉に。
ひよのはぽかんと歩を見つめる。
「他に、なにか質問は?」
「い、いえ。ないです」
あまりに真摯で優しい歩の視線に我を忘れていたが、慌ててひよのは首を振った。
「じゃ、行くぞ」
「あ――」
立ち尽くすひよのをやんわりと促し、歩は再び歩き出す。
その手を掴もうと一瞬手を伸ばす。
もう一度、言って欲しい。
蘇る感情に口を開きかける。
けれど。
<今の俺には、あんたが必要だから>
その瞳が貫いた気持ちは一瞬だけのもの。
二度と同じものとして蘇らない。
「何してるんだ? 早く行くぞ」
先を歩いている歩。彼を見つめながらひよのは微笑む。
「――はい」
そう思ってくれるのなら鳴海さん。
私はいつまでも、どこまでも、貴方との盾となり矛になりましょう。
最強の味方として。
「今、いきます」
細くも頼もしい歩の背中に密やかに誓いをたてて、ひよのは歩を追いかけた。
リクエストアップが遅れてしまいまことに申し訳ありません。
挙句内容がイマイチ分からずじまい…!(おい)
二人いれば最強だということで!はい!
このたびはリクエストありがとうございました。
これからもどうぞ、よろしくしてやってくださいませ。